
HOME > 卒業生インタビュー「活躍するOGたち」

マンガ家さんの普段の生活ってちょっと想像できないんですけど、月島先生はどのような生活をされているのですか?

私は現在「comic魔法のiらんど」(双葉社刊)という雑誌で原作付きの連載やオリジナルの読み切りを描いています。あと、母校でもある大垣女子短大で週1回ですが少女マンガの指導をさせてもらっています。マンガ家というと不規則な生活をしていて徹夜ばかりしているイメージがあるかもしれませんが、私は主婦でもありますので、できるだけ徹夜はしないようにしています。平日の朝に主人や子どもを送り出して、その後から夕方くらいまでの時間に仕事をするよう心がけています。
どのような内容の少女マンガをお書きになっているのですか?
現在は恋愛物を描いています。現代のちょっと暗い話題と少女マンガを掛け合わせるのが好きで、そういうものをよく描いています。

読者層はどんな人が多いのでしょうか?
詳しくはわかりませんが小学生高学年から中学生くらいの読者さんが多いようです。内容が結構ハードだったりするので小学生の読者さんが読んで大丈夫なのかなって思ったりもします(笑)。
マンガのアイデアって、どうやって浮かぶのですか?
私の場合は原作があるものを多くやっていますので、まずはその原作を読み、担当編集者さんと打ち合わせをします。原作のイメージをこわさず、更にドラマティックになるようにネームを作っていきます。 オリジナルの場合はきちんと机に向かい、紙とにらめっこしながらアイデアを出します。よくアイデアはお風呂やトイレで急に降りてくるようなことが言われますが、私の場合は仕事モードにならないと思い浮かばないので、紙に描きたいシーンをらくがきしたり軽いプロットを作って話を作っていきます。

デビューなさるまでのことをいろいろと伺いたいのですが、そもそもいつ頃からマンガを描くようになったのですか?
マンガ自体は子供の頃から好きでしたのでマンガ家になりたいと思ってはいましたが、実際にちゃんとしたマンガを描いたのは18歳の時で、短大に入るまで投稿はしたことがなかったんです。原稿用紙の正しい使い方も知りませんでした。
大垣女子短大でマンガを勉強しようと思ったのはどうしてですか?
高校の時、やっぱりマンガが好きだったし、絵を描くのも好きだったのでマンガに関わる専門学校に行こうかと考えていたんですよ。それが、ある時に友だちが「こんなの見つけたよー」って、進路指導室から大垣女子短大のパンフレットを持ってきてくれたんです。専門学校への進学に反対だった父も、「短大なら」ということで認めてくれたんです。やっぱり短大卒っていう資格も得られるわけですし、両親としては安心だったんでしょう。

マンガコースに入ってみて、授業とかはいかがでした?
リアルにプロの話が聞けたり、同じ夢を持った友だちができたり、とても刺激になって良かったと思います。尊敬する先生も一生の友だちもできて有意義でした。
入学された時は「マンガ家になるぞ」って決心されていたのですか?
いえ、なりたいとは思っていましたけど、覚悟はできていなかったと思います。短大でマンガを描いているうちに本気でやってみたいと思うようになりました。
では、決心されたのはいつ頃からですか?
はっきり変わったのは1年目の9月です。マンガコースならではの企画で出版社への原稿持ち込みツアーというのがあり、その時に某少女誌に持ち込みをしました。 今までちゃんと描いたことがなかったのですが、初めて持ち込み用に原稿を完成させてツアーに参加しました。それを出版社の方に見てもらったら、予想以上の低評価で(笑)。大ショックで泣いて帰りました。でも、それから絶対マンガ家になりたいと思うようになりました。後日、その持ち込みした作品が賞をもらい、担当さんについてもらえるようになったので、本格的にネームの勉強をはじめました。
それでマンガ家として軌道に乗ったんですね?
いえ、ここからしばらく苦節を味わうことになるんです(笑)。デビューまでけっこう時間がかかっているんです。
担当さんとのやりとりでプロットやネームのOKが出ず、マンガを描くこと自体が苦痛になり、スランプの日が続きました。そしてだんだんマンガを描かなくなっていきました。
しかし、短大2年の時に、仲の良かった友だちがプロとしてデビューすることになったんです。今までしょっちゅう一緒に食事をしたり、お互いの部屋に行き来したりするような仲の人が、実際にデビューすることになったのです。
それを聞いた時、思いました。「本当にマンガ家ってなれるんだ」「努力すればデビューできるんだ」って。私にはマンガ家というのは、なんだか現実にはいないような、芸能人みたいな手の届かない人だと思っていたんですが、「マンガ家って本当にいるんだ」って。「なろうと思って努力すれば本当に自分自身がなれるかもしれない」って。その時になってようやく気がつきました。


プロとしてデビューされたのは短大卒業後ですか?
はい、卒業してからも描き続けていましたし、短大の紹介でマンガ家さんのアシスタントも経験しながら、数年経ってようやくプロとしてデビューできたわけです。
きっかけは何だったのでしょうか?
アシスタント先のマンガ家の先生に編集者さんを紹介して頂きました。それはストーリーマンガではなくて、よく雑誌の後のほうにある「読者の投稿ページ」の仕事の依頼でした。毎月カットを数点描かせて頂いてたんですが、機会があるごとにネームを担当者さんに見てもらい指導して頂きました。4ヶ月くらい経った頃に「デビュー決まったからね」って突然言われて。急なことだったので、実感がありませんでしたが嬉しかったです。私を担当している現在の編集者さんにはとても感謝しています。
時にはきびしく、そして優しく的確に指導してもらい、おかげでいい仕事ができるんだと思います。
やっぱり、マンガ家になるには相当な努力が必要なんでしょうか?
私が今、プロとして仕事ができるようになって思うことは、「学生の時にもっと一生懸命マンガを描いていればよかったなあ」です。短大の時にマンガ家を目指していたものの、本当に努力はしていなかったと思います。だからデビューが遅れてしまったんだと思います。反対に学生時代もちゃんと描き続けていた友だちは、短大在籍中プロになれました。やっぱり、がんばっている人はプロになれると思うので「努力」は大事だと思います。
マンガ家になれて今、幸せですか?
はい幸せです。大変なこともありますが、自分のマンガが雑誌に載ったり、コミックになるのはとても嬉しいです。デビュー前に大変なことや辛いことがたくさんあったからこそ、プロになった時の喜びがとても大きかったのを覚えています。これからもまだ大変なことはあると思いますけど、初心を忘れずマンガを描くことを楽しんでいきたいと思います。

マンガ家って、つらいお仕事ですか?
仕事自体も根気のいる仕事ですが、仕事を得るまでがもっと大変なんだと思います。私は投稿者の時の方が辛かったように思います。何度も挫折し、マンガ家の夢をあきらめようとしました。でも、私からマンガを取り上げたら何も残らないと思っていたので、描くことだけは続けました。その頃が自分的には一番辛かったので、今はマンガを描けて本当に楽しいです。
それだからマンガ家になれた時は嬉しかった?
そうです。嬉しかったです。よくマンガの先輩たちが「デビューはゴールではない」って言うけれど、私にとっては「デビューは一回目のゴールである」と言えますね。そのくらい嬉しかったです。心配していた両親に「プロになれた」と言えたのも嬉しかったです。
プロとアマチュアの違いって、結局何なのでしょうか
むずかしいですね。私個人のことでいうと、投稿者の時は「おもしろいものを描きたい」と思っていましたが、プロになってからは「読者さんがおもしろいと思うものを描きたい」に変わりました。違いが分かりにくいかもしれませんが、そう思ってからはマンガの勉強の仕方が変わりました。
マンガ家を目指す人たちに何かメッセージはありますか?
やりたいことが見つからない学生さんが多い中、「マンガ家になりたい」と自分のやりたいことをしっかりと持っているのは、とても幸せだと思います。すぐに芽が出なくても“いつか”を夢見て描き続けてください。描き続けていたら、時に辛いことや大変なこともあるかもしれません。でも、あきらめずにがんばれることができたら、いつか夢は叶うと思います。大変な道のりだからこそ、プロになった時の喜びは大きいです。“マンガを描くことが好き”を忘れずにがんばってください。
ありがとうございました。